遺産分割における特別受益とは何か


 

 

遺産分割における特別受益とは何か

 

民法第5編 相続 

第3章 相続の効力 

第2節 相続分

 

○ 民法903条(特別受益者の相続分)

1項 共同相続人中に、被相続人から、
遺贈を受け、又は
婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、
被相続人が相続開始の時において有した財産の価格に
その贈与の価格を加えたものを
相続財産とみなし、
第900条から第902条までの規定により算定した算定した相続分の中から
その遺贈又は贈与の価格を控除した残額をもって
その者の相続分とする。
2項 遺贈又は贈与の価格が、相続分の価格に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない。
3項 被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思に従う。
4項 婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第1項の規定を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。(第4項:平成30年新設)

第1 特別受益総論

1 受益受益の意義

 共同相続人の中に特別受益を受けた者がある場合、相続人間の衡平を考慮して、持戻し計算をして、法定又は指定相続分を修正して具体的相続分を算定する。

2 特別受益に当たるもの(本条1項)

(1)遺贈
(2)贈与のうち下記の者
① 婚姻のための贈与
② 養子縁組のための贈与
③ 生計の資本として贈与

3 特別受益者の具体的相続分の計算方法(本条1項)

(1)みなし相続財産
① + ②
① 被相続人が相続開始の時において有した財産の価格
② 特別受益に当たる贈与の価格

 上記計算上の取扱いを「持戻し」と称する。遺贈は、持戻し対象となるが、相続開始時に現存する相続財産(上記①)の中から支弁されるものであり、加算する必要がない(潮見)ため、贈与(上記②)と異なり、上記①に加算する必要はない。(文献①240頁)

(2)特別受益者の具体的相続分
「みなし相続財産×法定・指定相続分」-「特別受益」

 具体的相続分をこのように算定することは、相続人間の公平にかない、被相続人の意思にも合致するという理念に基づいている(文献①240頁)。 

【計算例】
被相続人
相続人A(相続分1/2)、相続人B(相続分1/2)
相続開始時の相続財産 1億円
被相続人→相続人A  2000万円の生前贈与
(特別受益に当たるものとする)

みなし相続財産=1億円+2000万円=1億2000万円

Aの具体的相続分
1億2000万円×1/2-2000万円=4000万円
Bの具体的相続分
1億2000万円×1/2=6000万円 

 

計算例:文献①【設例8-1】

 

4 特別受益と裁判所の手続

(1)家庭裁判所は、審判で、特別受益の有無や価格を判断することができる(最大決昭和41年3月2日)。

(2)特別受益財産であることを確認する訴え

 最(三小)判平成7年3月7日 

① 特別受益該当性 

② 被相続人が相続開始時において有した相続財産の範囲・価格等 

③ 具体的相続分 

裁判所が①につき判断したとしても、②が定まらなければ、③も定まらない。そうすると、相続分をめぐる紛争を直接かつ根本的に解決することはできない。

→ 特定の財産が特別受益財産であることの確認を求める訴えは、確認の利益を欠くものとして不適法である。

 

第2 特別受益各論 

1 特別受益の種類

(1)遺贈 

 包括遺贈も特定遺贈も特別受益となる。

(2)生前贈与

 婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として受けた贈与

 (903条1項) 

 贈与金額、贈与の趣旨等から判断する。相続分の前渡しと認められる程度に高額の金員の贈与は、原則として、特別受益となる(文献①【設例8-2】)。他方、短時間で費消される少額の贈与は、特別受益に当たりにくい(文献①【設例8-3】)。

① 持参金、支度金

② 学資、教育費(入学料、授業料など)

ⅰ 高校 

全国の高校の進学率97%超 → 被相続人が扶養義務者の場合は、扶養義務の履行に基づく支出とみるべきであり、特別受益に当たらない(文献①244頁)。

ⅱ 高校卒業後(大学、専門学校、留学等)

a 特別受益に当たる場合 

 私立の医歯薬科系大学の入学金・授業料のように特別に多額の場合

b 特別受益に当たらない場合 

 ⅰと同じく、子の資質・能力等に応じた親の子に対する扶養義務の履行に基づく支出とみることができる場合 

c 特別受益に当たる(と思われるが)、被相続人の持戻しの免除の意思が推定されるもの

 扶養の範囲内とはいえないものの、相続人全員が大学教育を受け、ほぼ同額の受益を受けている場合(大阪高決平成19年12月6日)

③ その他

 居住用不動産の贈与又はその取得のための金員の贈与 ○

 遊興費支出のための金員の贈与 ×

2 「扶養義務に基づく援助」と特別受益との関係

(1)文献①の見解(文献①246頁)

① 選別基準

  親族間の扶養的金銭援助を超えるものが特別受益に当たる。

② 判断方法

ⅰ a 冠婚葬祭・慣習に伴う贈与 +  b a以外の贈与

ⅱ aを除外する。

ⅲ 扶養権利者の要扶養状態、扶養義務者(被相続人)の扶養能力を考慮して、①の基準により判断する。

 aについて、東京家審平成30年9月7日は、新築祝い、入学祝い、親としての通常の援助の範囲内でなされたお祝いの趣旨に基づく贈与は特別受益にならないとした。

 bについて、精神的・身体的要因により稼働できない子に対する扶養義務に基づく援助は特別受益にならないと考えられる。

③ 少額の贈与(a、b、c・・・)が相当期間繰り返された結果、総額が多額になった場合(文献①【設例8-3】2,3)

aの贈与  

 a1(特別受益となる部分) 

 a2(贈与時、親族間の扶養的金銭援助とになる一定金額以下であるため、

    特別受益とならない部分) 

bの贈与 

 b1(特別受益となる部分) 

 b2(贈与時、親族間の扶養的金銭援助とになる一定金額以下であるため、

    特別受益とならない部分)

cの贈与

 c1(特別受益となる部分) 

 c2(贈与時、親族間の扶養的金銭援助とになる一定金額以下であるため、

    特別受益とならない部分)

a1+b1+c1=特別受益

2 「債務の肩代わり、保証債務の履行」と特別受益との関係

① 論点

 被相続人が、相続人の債務を第三者弁済した場合又は相続人の債務を主債務とする保証債務を履行した場合と特別受益との関係 

② 考え方(文献①【設例8-4】)

ⅰ 被相続人が相続人に対する求償権を放棄したといえる事情が認められない限り、求償権に関する債権債務が相続人に承継されるから、被相続人の相続人に対する贈与はない。

ⅱ 相当期間、求償権を行使しないまま放置されていた場合には、求償権を放棄したと認められるため、この場合、被相続人の相続人に対する無償の経済的出捐であるから贈与と同視できる。→更に、金額が相当額を超えると、特別受益に当たる。

③ 審判例

  高松家丸亀支審平成3年11月19日

(事案)

A:被相続人、Bの勤務先に対し身元保証していた。 

B:相続人 

C:Bの夫で、勤務先で不祥事を起こしたため、勤務先に対し損害賠償債務を負うに至る。

A→Cの勤務先 身元保証債務を履行した。

(結論)Aは、自己の保証債務を履行したのであるから、特別受益に当たらない。Cに対する求償権を免除したことは、Bに対する生計の資本としての贈与と解され、持戻し義務を課するのが相当である。

□ 超過特別受益者がいる場合

持戻し計算をした結果、特別受益者の具体的相続分が
マイナスとなる場合
(1)超過特別受益者には具体的相続分はない(本条2項)。
(2)超過特別受益者が超過分を返還する必要もない。
(理由)被相続人の意思に沿う。超過特別受益者の保護
但し、超過特別受益が他の相続人の遺留分を侵害する場合、遺留分減殺請求(平成30年改正法では、遺留分侵害額請求)の対象となる。
(3)不足額を他の相続人でどのように負担するか。
裁判例では、① 具体的相続分基準説、② 本来的相続分基準説が用いられている。
【計算例】
被相続人
相続人A(相続分1/2)
相続人B(相続分1/4)
相続人C(相続分1/4)

相続開始時の相続財産 1億円
被相続人→相続人A  1000万円の遺贈
被相続人→相続人B  6000万円の生前贈与
(特別受益に当たるものとする)

みなし相続財産=1億円+6000万円=1億6000万円

Aの具体的相続分

1億6000万円×1/2-1000万円=7000万円
他に、1000万円の遺贈
Bの具体的相続分
1億6000万円×1/4-6000万円=-2000万円
Cの具体的相続分
1億6000万円×1/4=4000万円

Bに具体的相続分はない。A,Cにおいて、不足額2000万円をどのように負担するか。
① 具体的相続分基準説

2000万円×7000万円/(7000万円+4000万円)=1272万円
現実の取得額 7000万円-1272万円=5728万円 他に、1000万円の遺贈
C
2000万円×4000万円/(7000万円+4000万円)=728万円
現実の取得額 4000万円-728万円=3272万円
② 本来的相続分基準説

2000万円×2/(2+1)=1333万円
現実の取得額 7000万円-1333万円=5667万円 他に、1000万円の遺贈
C
2000万円×1/(2+1)=667万円
現実の取得額 4000万円-667万円=3333万円

第3 持戻し免除の意思表示

1 持戻し免除の意思表示

被相続人は、意思表示により、特別受益者の持戻しを免除することができる(本条3項)。

遺留分に規定に反しない範囲内で(平成30年改正法により削除)・・・遺留分に反する持戻し免除の意思表示は当然無効ではなく、特別受益者以外の相続人の遺留分減殺請求(平成30年改正法では、遺留分侵害額請求)に服すると考える(通説)。

意思表示の方式について
① 生前贈与の場合
特別の方式はなく、明示の意思表示でも黙示の意思表示でもよい。

黙示の意思表示の認定
被相続人が特定の相続人に対し、その相続人の相続分以外に財産を相続させる意思を有していたことを推測させる事情があるか否か。

② 遺贈の場合
遺贈が要式行為であるから、遺言によってする必要がある(多数説)。

2 持戻し免除の意思の推定(本条4項)

被相続人の死亡により残された配偶者の生活を保護するために、被相続人の意思を推定した。(平成30年改正)

持戻し免除の意思表示の推定規定(民法903条4項)
1 婚姻期間が20年以上の夫婦であること
① 居住用不動産の贈与又は遺贈時に婚姻期間が20年以上であることを要する。
② 同一当事者間で婚姻、離婚を繰り返している場合であっても、通算して20年以上であれば、よい。
③ 事実婚の期間は含めない。

2 居住用不動産
① 住居兼店舗の場合は、ケース・バイ・ケースにより判断する。
② 居住性要件の判断の基準時は、贈与等が行われた時である。
③ 居住用不動産の購入資金の贈与(相続税法21条の6参照)には適用されない。同項の適用がない場合でも、黙示の持戻し免除の意思表示を認定できる場合はあり得る。

3 贈与又は遺贈

4 相続させる旨の遺言(特定財産承継遺言)がされた場合
居住用不動産について相続させる旨の遺言がされた場合、それは一般的には遺産分割方法の指定であると考えられるから(民法908条、最二小判平成3年4月19日)、遺贈又は贈与がされた場合を対象とする民法903条は適用されない。
① 残余遺産についての分割において、居住用不動産を取得した相続人の具体的相続分から、同不動産の価格を控除するのか、② 居住用不動産については別枠で扱い、残余遺産の遺産分割においてはこれを考慮しないか。
→ 遺言者の意思解釈の問題
→ 特段の事情がない限り、遺産分割方法の指定と併せて、
相続分の指定がされたものと解して、上記②の考え方をとる場合が多いと考えられる。

5 婚姻期間が20年以上の夫婦間で、配偶者居住権が遺贈された場合について、民法903条4項が準用される(民法1028条3項)。

【参考・参照文献】
このページは、以下の文献を参考・参照して作成しました。
① 片岡武・管野眞一編著「家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務」(第4版239頁)
② 島津一郎・松川正毅編「基本法コンメンタール(第5版)」58頁
③ 二宮周平「家族法(第4版)」339頁
④ 東京家庭裁判所家事第5部編著・東京家庭裁判所家事第5部(遺産分割部)における相続法改正を踏まえた新たな実務運用(2019年、日本加除出版)86頁
⑤ 堂薗幹一郎・野口宣大編著 一問一答新しい相続法(第2版)(2020年、商事法務)57頁

⑥ 山城司Q&A遺産分割の手引(2022年、日本加除出版)223頁

 

 

 

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