遺産分割の基準、遺産の一部分割、遺産分割の禁止、遺産分割の効力

  

遺産分割の基準、遺産の一部分割、遺産分割方法の指定・遺産分割の禁止、遺産分割の効力

民法第5編 相続 第3章 

相続の効力 第3節 遺産の分割

○ 民法906条(遺産分割の基準)
 

遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする。

1 遺産分割の基準

 法律行為自由の原則に基づき、遺産分割の合意があれば、相続分(法定・指定・具体的)に合致しない、又は被相続人の指定する遺産分割方法に反する遺産分割も、有効である。
 本条の基準は、協議分割・調停分割において当事者の協議の指針となり得るとしても、裁判規範とはいえず、その意味で、強行法規ではない。これに対し、審判分割においては法的に意味を有する基準となり、基準違反の分割は高等裁判所に対する抗告事由となる。(文献④275頁)
2 基準の例

被相続人が営業をしていた場合、営業用資産は、営業を承継する者が取得する方向で働く。

 

○ 民法907条(遺産の分割の協議または審判等)

1項 共同相続人は、次条の規定により被相続人が遺言で禁じた場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の全部又は一部の分割をすることができる。
2項 遺産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、各共同相続人は、その全部又は一部の分割を家庭裁判所に請求することができる。
 ただし、遺産の一部を分割することにより他の共同相続人の利益を害するおそれがある場合におけるその一部の分割については、この限りでない。
3項 前項本文の場合において特別の事由があるときは、家庭裁判所は、期間を定めて、遺産の全部又は一部について、その分割を禁ずることができる。

【遺産分割】
1 遺産分割請求の自由

共同相続人は、他の共同相続人の一人が遺産分割を拒否しても、原則として、遺産分割を請求でき、協議の結果(協議分割)、遺産分割を成立させることができる(本条1項)。
そして、協議が調わない場合及び協議ができない場合は、通常の場合、家庭裁判所の調停を経て、調停により遺産分割が成立(調停分割)しない場合において、家庭裁判所の審判により遺産分割することができる(審判分割)。(本条2項)

2 相続開始が長時間経った場合

 においても、遺産が存在する限り、遺産分割できる。その意味で、遺産分割請求権は消滅時効にかからない。そうはいっても、遺産に属する不動産を第三者が所有の意思をもって占有している場合に当該不動産について取得時効が成立する場合等、個々の遺産について取得時効が成立し、遺産であった物が遺産でなくなり、遺産分割の対象から外れることはある。

【一部分割】
1 遺産の一部分割の明文化

 平成30年改正により、改正前の実務においても認められていた、遺産の一部分割ができる場合があることを明文化した。本条は、令和元年7月1日から施行され、同日より前に発生した相続については、適用されない(附則2条)。
遺産分割は、全部の遺産を確定させた上で、民法906条に基準に基づき分割するのが原則である。
しかし、相続人は遺産について処分権限があることから、一部の分割も認められる。例えば、相続人間において遺産分割方法に争いのある遺産(例えば、不動産)の分割については解決を先送りにし、分割方法に争いがない遺産(例えば、預貯金)についてまず解決する事案で一部分割の実益がある。審判、調停、協議いずれにおいても、一部分割ができる。
但し、民法906条に定める基準に基づき最終的に遺産の全部について公平な分配を実現できる場合でなければならない。

2 本条が適用される場面

[一部分割の類型]
① 家事事件手続法73条2項(※)に規定する一部審判として行われる一部分割
※ 家庭裁判所は、家事審判事件の一部が裁判をするのに熟したときは、その一部について審判をすることができる。手続の併合を命じた数個の家事審判事件中その一が裁判をするのに熟したときも、同様とする。
この場合、残余遺産について審判事件が係属する。
② 全部審判として行われる一部分割
この場合、事件は審判により終了する。

次の2類型に区分できる。
a 分割対象となる残余遺産が存在しない場合
or 裁判所・当事者にとって残余遺産が判明していない
→ 裁判所・当事者の認識が事実と相違するため、
結果として、一部分割となる場合
b 裁判所・当事者にとって残余遺産が判明しているが、
当事者が残余遺産の分割を希望していない場合
本条は、②bを規定するものである。

審判の申立ての趣旨は、単に遺産分割を求めるというのではなく、例えば「別紙遺産全体目録中、○番及び△番の遺産の分割を求める。」という記載になる。

3 一部分割の許容性(2項ただし書)

(1)一部分割によって、最終的に、遺産全体について適正な分割を達成することが阻害されることがあってはならない。2項ただし書は、家庭裁判所の後見的な役割を考慮して、当事者間の公平を図るため、当事者の処分権を制限して、一部分割を認めないものとした。
 特別受益の有無等を検討し、代償金、換価等の分割方法も検討して、最終的に、適正な分割を達成できる明確な見通しが得られた場合には、一部分割が許容される。許容されない場合は、その一部分割の申立ては却下される。
 一部分割において具体的相続分を超過する遺産を取得されることとなるおそれがある場合であっても、(残余遺産の分割の際に)当該遺産を取得する相続人が代償金を支払うことが確実視できる場合、かかる一部分割も可能であると考えられている。逆にいうと、代償金の支払いが確実とはいえない場合、ある相続人の無資力の危険を他の相続人に負わせることになり、一部分割はできない。
 最終的に遺産の全部について公平な分配を実現できる場合(前記)とは、将来において残余遺産を分割する際、先行する一部分割の結果と合わせて、民法906条の基準や具体的相続分の充足をいう(文献②68頁参照)。
協議や調停による分割については、法定又は具体的相続分に従わない分割も可能であることも可能であるから、将来における残余遺産の分割において具体的相続分を充足しない結果となる一部分割も、当事者がそのことを認識している限り、有効である(文献②69頁)。調停分割において、当事者がそのことを認識していない場合は、成立した合意が相当でないとして、不成立とすべき(家事事件手続法272条1項※)。(文献②68頁)

※ 調停委員会は、当事者間に合意(第二百七十七条第一項第一号の合意を含む。)が成立する見込みがない場合又は成立した合意が相当でないと認める場合には、調停が成立しないものとして、家事調停事件を終了させることができる。ただし、家庭裁判所が第二百八十四条第一項の規定による調停に代わる審判をしたときは、この限りでない。

(2)下記事案で、裁判所は、一部分割をすることができるか?
□ 被相続人Aの遺産
  預金1000万円、不動産1000万円
□ 相続人甲(相続分1/2)
  特別受益に当たる生前贈与1000万円
□ 相続人乙(相続分1/2)
→ 甲の具体的相続分
(預金1000万円+不動産1000万円+
特別受益1000万円)×1/2-1000万円=500万円

甲が不動産について一部分割を申し立てた場合、
甲が、代償金500万円を乙に支払い、
不動産を取得する分割は可能であると考えられる。

4 一部分割と残余遺産の分割との関係

一部分割の場合は、遺産分割協議書や調停調書に、

① 一部分割であること、

② 残余遺産の分割に対する影響の有無、を明記すべきである。

①について
当事者双方は、別紙遺産目録記載の被相続人の遺産のうち、目録1記載の不動産を次のとおり分割する。
②について
<影響を及ぼさない場合>
当事者双方は、目録〇の預金について、上記の分割とは別個独立にその相続分に従って分割することとし、上記遺産の一部分割が、その余の遺産の分割に影響を及ぼさないことを確認する。

<影響を及ぼす場合>
当事者双方は、目録〇の遺産分割(※ 一部分割の対象外となった残余遺産)について、第〇項により分割された遺産(※ 一部分割の対象遺産)を含めて、遺産の総額を評価し、その総額に各共同相続人の法定相続分を乗じて算出された具体的相続分(特別受益、寄与分による修正を含む。)から第〇項により取得した遺産額(※ 一部分割の対象遺産)を控除して、各共同相続人の残余の遺産に対する具体的相続分率を算出し、残余遺産(に当たる目録〇)の分割を協議する。

5 裁判所に対する申立て

(1)裁判所に一部分割の申立てがなされた後に、申立人以外の相続人が全部分割の申立てをした場合、遺産分割の対象は全部となる。
分割をしたくない又はより小さい範囲で分割で分割をしたいという当事者の希望は保障されるものではない。

(2)文献⑤設例

【3-1】一部分割の申立て

【3-2】一部分割申立てを縮小する申出 

     このような申出は認められない。

【3-3】別々の遺産の分割を求める一部分割の申立て 

Bの申立て:遺産のうち甲、Cの申立て:遺産のうち乙

① いずれの申立ても適法

② 裁判所は、(通常は併合して審理して)甲の分割、乙の分割をそれぞれ行う。

 

☆ 家事事件手続規則

第十二節 遺産の分割に関する審判事件
(遺産の分割の審判の申立書の記載事項等・法第百九十一条等)
102条 → 127条で調停に準用される。

1項 遺産の分割の審判の申立書には、次に掲げる事項を記載し、かつ、遺産の目録
を添付しなければならない。
一 共同相続人
二 民法第九百三条第一項に規定する遺贈又は贈与の有無及びこれがあるときはその内容
三 遺産の一部の分割の有無及びこれがあるときはその内容
四 民法第九百九条の二に規定する遺産の分割前における預貯金債権の行使の有無及びこれ
があるときはその内容
2項 寄与分を定める処分の審判の申立書には、次に掲げる事項を記載しなければならない。
一 寄与の時期、方法及び程度その他の寄与の実情
二 遺産の分割の審判又は調停の申立てがあったときは、当該事件の表示
三 民法第九百十条に規定する場合にあっては、共同相続人及び相続財産の表示、認知さ
れた日並びに既にされた遺産の分割その他の処分の内容
(平三一最裁規一・一部改正)

6 審判

(1)審判例(文献④70頁)

被相続人の遺産のうち、別紙遺産目録1記載の□□及び同目録2記載の○○を次のとおり分割する。申立人は、別紙遺産目録1記載の□□及び同目録2記載の○○を取得する。

(2)留意点(文献④70頁)

① 遺産の一部分割の許容性(民法907条2項ただし書)

→家庭裁判所は、利益を害するおそれがあるか否か審理したうえ判断する必要がある。

→一部分割の対象となった遺産だけではなく、被相続人の全ての遺産を記載する必要がある。

②  一部分割の効力を残余の遺産の分割に影響させることを前提とした審理か否かを明らかにするため、理由中に判断を記載する必要がある。

(3)調停に代わる審判 文献④70頁

 

7 一部分割の効果

一部分割の対象遺産について、残余遺産から分離独立させて、確定的に分割すること。
【文献】①87頁 ②63頁

 

○ 民法907条(遺産の分割の協議又は審判)[令和3年改正(未施行)]

1項 共同相続人は、次条第一項の規定により被相続人が遺言で禁じた場合又は同条第二項の規定により分割をしない旨の契約をした場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の全部又は一部の分割をすることができる。
2項 遺産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、各共同相続人は、その全部又は一部の分割を家庭裁判所に請求することができる。ただし、遺産の一部を分割することにより他の共同相続人の利益を害するおそれがある場合におけるその一部の分割については、この限りでない。

 

○ 民法908条(遺産の分割の方法の指定及び遺産の分割の禁止)
 

 被相続人は、遺言で、遺産の分割の方法を定め、若しくはこれを定めることを第三者に委託し、
又は相続開始の時から5年を超えない期間を定めて、遺産の分割を禁ずることができる。

 

○ 民法908条 (遺産の分割の方法の指定及び遺産の分割の禁止)[令和3年改正(未施行)]

1項 被相続人は、遺言で、遺産の分割の方法を定め、若しくはこれを定めることを第三者に委託し、又は相続開始の時から五年を超えない期間を定めて、遺産の分割を禁ずることができる。
2項 共同相続人は、五年以内の期間を定めて、遺産の全部又は一部について、その分割をしない旨の契約をすることができる。ただし、その期間の終期は、相続開始の時から十年を超えることができない。
3項 前項の契約は、五年以内の期間を定めて更新することができる。ただし、その期間の終期は、相続開始の時から十年を超えることができない。
4項 前条第二項本文の場合において特別の事由があるときは、家庭裁判所は、五年以内の期間を定めて、遺産の全部又は一部について、その分割を禁ずることができる。ただし、その期間の終期は、相続開始の時から十年を超えることができない。
5項 家庭裁判所は、五年以内の期間を定めて前項の期間を更新することができる。ただし、その期間の終期は、相続開始の時から十年を超えることができない。

【遺産分割の禁止】
1 遺言による遺産分割の禁止

法文:民法908条
対象:全部又は一部
期限:最大で相続開始から5年間で、更新不可
遺産共有状態は一時的・暫定的状態であるので、権利主体でなくなった者の意思を永続的に維持・妥当させるべきではない。(文献④277頁)

2 共同相続人間の協議、調停による分割禁止

法文:256条1項(類推)
期限:最大で5年間/更新可(この場合も最大で5年間)

その他
① 不動産については、対抗要件が必要である(不動産登記法59条)。
② 共同相続人の特定承継人に及ぶ(254条)

3 審判による分割禁止

法文:907条3項
特別の事由

【令和3年民法改正】
一定期間、遺産分割を禁止する取扱いについて
1 旧法
① 遺言による場合 上限相続開始から5年(民法908条)
② 共同相続人間の合意 上限相続開始時から5年(解釈)
③ 家庭裁判所の審判
家庭裁判所は、特別の事由がある場合、期間を定めて、遺産の全部又は一部について分割を禁止することができる(平成30年改正法908条3項)。
→ 法文上は期間の上限について定めはなかったが、解釈上、民法256条や民法908条と平仄を合わせて、上限は5年と解されていた。

2 新法
遺産分割を促進する観点から次のとおりに規制された。
① 遺言による場合 1から変更はない。
② 共同相続人間の合意
ⅰ 上限は5年 新908条2項本文
ⅱ 更新可も、上限は更新時から5年 新908条3項本文
ⅲ ⅰⅱいずれも、期間の終期は、相続開始時から10年以内
新908条2項ただし書、同3項ただし書
③ 家庭裁判所の審判
ⅰ 特別の事由がある場合で
上限は5年 新908条4項本文
ⅱ 更新可も、上限は更新時から5年 新908条5項本文
ⅲ ⅰⅱいずれも、期間の終期は、相続開始時から10年以内
新908条4項ただし書、同5項ただし書

【参考参照文献】
下の文献を参考参照して作成しました。
〇 荒井達也 Q&A 令和3年 民法・不動産登記法 改正の要点と実務への影響(2021年、日本加除出版)208頁

 

○ 民法909条(遺産の分割の効力)
 

遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる。
 ただし、第三者の権利を害することはできない。

1 本条の意義

 遺産分割に関する宣言主義を定めたものである。すなわち、共同相続人が遺産分割により個別財産を取得した場合、遡及効を認め、被相続人から当該相続人に対し権利が移転したものと取り扱われる。

2 「第三者」(本条ただし書)の意義

遺産分割前、共同相続人が遺産に属する個別財産の持分の処分は認められる、また、共同相続人の債権者が遺産に属する個別財産の持分に対する差押えは認められる。
→ 遺産分割の結果、当該共同相続人が当該個別財産を取得しなかった場合、第三者の法的地位(買主、差押え債権者)が覆滅されると、第三者の利益が害される。
→ このような遺産分割前に法的利害関係を有するに至った第三者を保護する。
第三者の善意・悪意は問わないが、権利保護資格要件としての登記は必要である。

 

【参考・参照文献】

以下の文献を参考・参照して作成しました。

① 堂園幹一郎・野口宣大編著 一問一答新しい相続法(第2版)(2020年、商事法務)
② 日本弁護士連合会編Q&A改正相続法のポイント-改正経緯をふまえた実務の視点(平成30年、新日本法規)63頁
③ 東京家庭裁判所家事第5部編著・東京家庭裁判所家事第5部(遺産分割部)における相続法改正を踏まえた新たな実務運(2019年、日本加除出版)
④ 潮見佳男 詳解相続法(平成30年、弘文堂)240頁

⑤ 片岡武・管野眞一編著 改正相続法と家庭裁判所の実務(2019年、日本加除出版)64頁

 

 

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