相続の効力

  

民法第5編 相続 

第3章 相続の効力
1節 総則

 

相続財産の範囲

○ 民法896条(相続の一般的効力)
 相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。

第1 総論

1 本条本文

  相続における包括承継の原則を規定したものである。

① 承継時 相続開始時

② 承継の範囲 被相続人の財産に属した一切の権利義務

ⅰ 物権利権利

a 所有権

b 占有権

ⅱ 債権的権利

a 金銭支払請求権

b 損害賠償請求権

ⅲ 義務

a 

b 

ⅳ 契約上の地位

a 賃貸借契約

b 

2 本条ただし書 

(1)被相続人の一身に専属したものは、相続による包括承継の原則の例外である。ここでいう一身専属権は、帰属上の一身専属権である。

(2)帰属上の一身専属権であるか否かの判断基準

① 抽象的には、例えば、

問題の法律関係が被相続人その人の属性に着目した法律関係として形成されたものであるかどうか。文献③298頁

個人の人格・才能や個人としての法的地位と密接不可分の関係にあたるために、他人による権利行使・義務の履行を認めるのが不適当な権利義務(二宮周平・家族法第4版(2013年、新世社)312頁)

② 各論

ⅰ 民法の規定により、帰属上の一身専属権とされているもの

a 代理権(民法111条)

b 定期贈与の契約当事者たる地位(民法552条)

c 使用貸借の借主たる地位(民法597条3項)

d 委任契約の当事者たる地位(民法653条)

但し、最判平成4年9月22日は、委任者死亡の場合に任意規定とする。

e 組合契約の組合員たる地位(民法679条)

f その他

ⅱ 解釈により、帰属上の一身専属権とされているもの

a 雇用契約の労働者の地位(民法625条参照)

b 扶養請求権

c 婚姻費用分担請求権

d 生活保護受給権

e その他

第2 各論(1)物権的権利

 

第3 各論(2)債権的権利・契約上の地位

1 預貯金債権

(1)平成28年大法廷決定前

① 金銭債権は、相続開始時、当然に、相続分に応じて分割される。→可分債権となる。(最判昭和29年4月8日)

② 預貯金債権も、①の金銭債権と同じ。

③ 実務運用 預貯金は、相続人間で分割対象に含めるとの合意があって初めて、遺産分割の対象することができる。

 

<上記法理の問題点>

① 特別受益がある相続人が預貯金を遺産分割に含めることに同意しない場合、預貯金は遺産分割の対象とすることができず、その結果、遺産分割において、相続人間の公平を保つことができない。

② 預貯金を、遺産分割における調整機能のために活用することができない。

<旧郵便局の定額郵便貯金>

最(二小)判平成22年10月8日

郵便貯金法による定額郵便貯金(平成19年10月1日施行の郵政民営化法により廃止されたが、分割払戻しができないとした郵便貯金法7条1項3号は整備法により従前どおり効力を有するとされた。)に基づく定額郵便貯金債権について、

[結論]

ⅰ 相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはない。

ⅱ 債権の最終的な帰属は、遺産分割手続において決せられる。

[理由]

ⅰ 定額郵便貯金に係る事務の定型化、簡素化を図る趣旨

ⅱ 共同相続人は、契約上の制限により、共同して、全額の払戻しを求めることになる。 

ⅲ ⅰ・ⅱ→郵便貯金法は、定額郵便貯金債権の分割を許容するものではない。

(2)平成28年大法廷決定後

□ 最大決平成28年12月19日

[事案]被相続人→(約5500万円生前贈与)→共同相続人A

被相続人の遺産として、約4000万円の預貯金(α)がある。

A→他の共同相続人 αにつき遺産分割の対象に含める合意がされておらず、預貯金を法定相続分にしたがって取得できると主張

[判断]

① 普通預金、通常貯金

ⅰ 預金者の死亡 → 普通預金債権・通常貯金債権は共同相続人全員に帰属

ⅱ 共同相続人が預貯金契約上の地位を準共有

ⅲ 1個の債権として同一性を保持しながら常にその残高が変動し得るものとして存在する。 → 各共同相続人に確定額の債権として分割されることはない。

② 定期貯金

ⅰ 定期郵便貯金と同様の趣旨で、契約上その分割払戻しが制限されている。

ⅱ 定期貯金債権が相続により分割されると解すると、・・・定期貯金に係る事務の定型化、簡素化を図る趣旨に反する。

□ 最(一小)判平成29年4月6日

[判断]

① 定期預金

ⅰ 定期預金は、預入れ1口毎に1個の預金契約が成立し、預金者は解約しない限り払戻しをすることができず、契約上、その分割払戻しが制限されている。

ⅱ ⅰの制限は、・・・単なる特約ではなく、定期預金契約の要素である。  

② 相続との関係

ⅰ 仮に定期預金債権が相続により分割されると解したとしても、①ⅰの制限があるため、共同相続人は共同して払戻しを求めざるを得ず、単独で行使する余地はないのであるから、分割されると解する意義に乏しい。

③ ①②の理は、定期積金についても同じ。

[結論]

共同相続された定期預金債権・定期積金債権は、相続開始時、当然に、相続分に応じて分割れることはない。

(3)預貯金債権と遺産分割

① 最高裁の考え方

ⅰ 普通預金債権・通常貯金債権・定期貯金債権(平成28年大法廷決定)及び定期預金債権・定期積金債権(平成29年判決)は、相続開始時に当然に相続分に応じて分割されることはないという考え方は、それ以外の預貯金(例 定額貯金、当座預金)にも及ぶ。

ⅱ 共同相続人の一人が相続開始前、勝手に(被相続人の同意を得ないで)預貯金の払戻しを受けたことにより発生する不法行為による損害賠償請求権・不当利得返還請求権(いわゆる使途不明金問題)に、ⅰの法理は及ばない。

2 預貯金の払戻し

(1)原則

 預貯金契約上の地位は準共有の関係にあり、共同相続人の全員が承継する。

→ 払戻しは、処分行為に当たり、共同相続人全員の同意が必要である。

(2)例外

① 遺産分割前の預貯金の払戻し(民法909条の2)

② 金融機関が顧客の便宜のためにリスク判断のもとに行う便宜払い

3 遺産である賃貸不動産から発生する賃料が相続開始後に口座に入金された場合の問題

(1)口座=共同相続人の一人 

   最(一小)判平成17年9月8日

(2)口座=被相続人

① 相続人が金融機関に対し被相続人の死亡=相続の開始を届け出ると、金融機関は、被相続人名義の預貯金口座を凍結し、その結果、同口座は出入金できなくなるのが一般である。

② 共同相続人間に口座を残すことににつき合意がある場合、相続開始時の預貯金残高のほか、相続開始後に入金された賃料を含む預貯金債権全体が遺産分割の対象となると考えられる。

2 生命侵害による損害賠償請求権

(1)問題点 

 Aは、Bが所有し運転する車にひかれて死亡した。この交通事故は、Bの前方不注視が原因であった。Aの妻Cは、Bに対し、Aが死亡したことよる損害ついて賠償請求できるか。

 AのBに対する損害賠償請求権が発生する時点で、Aは死亡しており権利能力がない。そうすると、そもそも、損害賠償請求権の相続は認められないとの結論に至る。しかしながら、損害賠償請求権の相続が問題なく認められる、被害者傷害後の死亡(傷害事案)に比べて、死亡事案は損害が大きいにもかかわらず、損害賠償請求権の相続が認められないとすると、バランスを欠き、相続人の保護の観点から問題が残る。このため、判例・学説とも、結論として、損害賠償請求権の相続を認める。

(2)判例 

□ 大判大正15年2月16日 

 被害者即死の事案でも、傷害と死亡との間に時間が存在する限りは、被害者に傷害による損害について損害賠償請求権が発生し、被害者の死亡により相続人が損害賠償請求権を承継する。(時間的間隔説)

 

 

 

 

 

 

 

 

□ 公営住宅を使用する権利

 最判平成2年10月18日(文献②【174】)

 公営住宅法の規定の趣旨

→ 入居者が死亡した場合、その相続人が公営住宅を使用する権利を当然に承継すると解する余地はない。

 

 

祭祀財産の承継

○ 民法897条(祭祀に関する権利の承継)
1項 系譜、祭具及び墳墓の所有権は、前条の規定にかかわらず、慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者が承継する。ただし、被相続人の指定に従って祖先の祭祀を主宰すべき者があるときは、その者が承継する。
2項 前項本文の場合において慣習が明らかでないときは、同項の権利を承継すべき者は、家庭裁判所が定める。

 

相続財産の保存

○ 民法897条の2(相続財産の保存)
1項 家庭裁判所は、利害関係人又は検察官の請求によって、いつでも、相続財産の管理人の選任その他の相続財産の保存に必要な処分を命ずることができる。ただし、相続人が一人である場合においてその相続人が相続の単純承認をしたとき、相続人が数人ある場合において遺産の全部の分割がされたとき、又は第九百五十二条第一項の規定により相続財産の清算人が選任されているときは、この限りでない。
2項 第二十七条から第二十九条までの規定は、前項の規定により家庭裁判所が相続財産の管理人を選任した場合について準用する。

この条文については、こちらをご覧ください。

https://neyagawa-souzoku.sumigama-law.com/archives/1978

 

共同相続の効力

(共同相続の効力)                          ○ 民法898条
1項 相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する。
2項 相続財産について共有に関する規定を適用するときは、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分をもって各相続人の共有持分とする。

○ 民法899条 

 各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する。

 

共同相続における権利の承継と対抗要件

○ 民法899条の2(共同相続における権利の承継の対抗要件)       1項 相続による権利の承継は、遺産の分割によるものかどうかにかかわらず、次条及び第九百一条の規定により算定した相続分を超える部分については、登記、登録その他の対抗要件を備えなければ、第三者に対抗することができない。
2項 前項の権利が債権である場合において、次条及び第九百一条の規定により算定した相続分を超えて当該債権を承継した共同相続人が当該債権に係る遺言の内容(遺産の分割により当該債権を承継した場合にあっては、当該債権に係る遺産の分割の内容)を明らかにして債務者にその承継の通知をしたときは、共同相続人の全員が債務者に通知をしたものとみなして、同項の規定を適用する。

 

この条文については、こちらをご覧ください。

https://neyagawa-souzoku.sumigama-law.com/archives/1880

 

【参照・参考文献】下記文献を参照・参考して作成しました。

① 片岡武・管野眞一編著 家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務(第4版)(2021年、日本加除出版)151頁~

② 松原正明 全訂判例先例相続法Ⅰ(平成18年、日本加除出版)

③ 松岡久和・中田邦博編 新・コンメンタール民法(家族法)(2021年、日本評論社)297頁~

 

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